年金の未来

年金受取75歳選択制になぜ憤るのか - 一日不作一日不食

まぁ、何て言うか。
今後の年金政策は、取れる奴から搾り取って、1円も払わない。
これしかないだろう。
具体的な施策としては、
年金の徴収額を際限なく引き上げる。
年金の支払い額を際限なく引き下げる。
年金の支払い開始年齢をを際限なく引き上げる。

これなんだろう。

とくに支給開始年齢の引き上げは絶対に実施されるだろう。
今後、年金の支給開始年齢は、80歳になるのではないだろうか。
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【大切なことは本から学んだ】「宿題ひきうけ株式会社」将来の夢が一瞬にして砕け散った出来事。

子供のころ、読んだ「宿題ひきうけ株式会社」という本で、忘れられないシーンがある。

この本、野球ばかりやって全然勉強しなかった先輩がプロ野球選手になって大金を稼いだことを知った小学生たちが、勉強することに対して疑問を持ち、その流れでお金を貰って、替わりに宿題をやる会社作るという話だ。

そのメンバーにそろばんが得意な子が出てくる。
彼は、会社のメンバーに誘われたときに、断っている。

彼には夢があった。
その夢は、そろばんの腕を磨いて、その計算能力で会社の経理部で活躍することだった。
実際に彼の身近には、そろばんの腕で会社の経理部で活躍するお兄さんがいた。

お兄さんは、彼の憧れだった。
いつかお兄さんのようになりたいと思い、そろばんの腕を磨いていた。

ある日、お兄さんとその仲間に会う。
お兄さん達は怒っていた。

お兄さん達の会社に電子計算機が導入されたのだ。
給料などの計算は電子計算機がするようになり、そろばんは必要なくなり、お兄さん達は解雇されてしまったのだ。

自分の夢が崩れ去った現実を目の当たりにした彼は宿題ひきうけ株式会社への参加を決意する。

(そろばん、電子計算機が時代を感じさせる内容だ)

当時の俺には、技術の進歩によって自分の職が無くなるなんてことはよく分からなかった。
というより、働いていなかったし、、。

それでも、そろばんの彼の夢が崩れ去ったことだけは分かった。
仕事って、一瞬で無くなるんだなと知った瞬間だった。

【カイジ語録】奴らこそ、金の亡者

賭博黙示録カイジのEカード編で兵藤和尊は、金を返せない借り主を「奴らこそ、金の亡者」と罵る。

兵藤和尊は、「わしは金を貸すときに、金利、返済期日などの決まりをきちんと説明している。」と言う。
「だが、連中(借り主)は、返せなくなるとあれこれ言い訳して、挙げ句の果てには、期日を延ばさないこちらを非難する」
「連中は頭さえ下げれば、誠意を見せたと思っている。」
「借金における誠意なんて、これはもう誰が考えたって一つしかないのだ…内臓を売ろうと、強盗をしでかそうと…何をしてもいいから、要するに…期限までに金を返すことだっ…!」

たしかに、そうだ。
俺は、これを読むまで金を貸した人間の方が悪だとばかり思っていた。
よくテレビドラマなんかでは、金を貸した方が、借りたひとの家に取り立てに来て、「金返せ」なんややっている。

しかし、よく考えてみれば金を借りたのは、借りた人自身が決めたことなのだ。
むりやり、貸されたわけではない。
貸した方も、金を回収できなければ、自身の生活が困窮する。
借りる方の無計画さ、見通しの甘さにも問題があるのだ。

人生をいい加減に生きてきた。

就職は、大学の研究室の教授の紹介で決めた。
その会社は、数年で辞めた。
その後、転職した会社も、1年で辞めた。
次の会社は、10数年後、破綻した。
そして、今の会社にいる。

結果、50歳になるのに、ただの平社員だ。
給料もさして高くない。

安直に就職、あるいは転職というものをしてきた。

その報いが今の俺だというこだ。

まだまだ苦難の道が続きそうだ。

中国「今後5年は苦難の調整」(2015年9月7日(月)掲載) - Yahoo!ニュース

2015年前半までの好調な資産増加が嘘のような資産下落状況が続いている。
いつごろ、回復するか?
と心配していたのだが、上の記事をみるとまだまだ回復には遠いようだ。
コツコツと投資を続けていくしかないなぁ。

しかし、増えるときは少しずつなのに、落ちるときはドカンと落ちまくる。
増やすのは大変なのに、減らすのは簡単だ。

まったく、投資とは思い通りにいかないものだ。

俺の命は、俺にとっては掛け替えのないものだが、他人とってはどうでもいいもの。

昔読んだ、賭博黙示録カイジで、兵藤和尊はこう言っている。

「折れた足をいじられると彼は痛いが…わしは痛まない…!カイジくんも痛くはなかろう」

俺の命は、俺にとっては掛け替えのないものだ。
何しろ、替えはない、貰うことも出来ない。
他人に渡すことも出来ない。

しかし、他人から見れば、どうでもいいものだ。
俺の命が失われても、他人は痛くも痒くもない。

同時に、他人がどれだけ死んでも、俺自身は死なない。

誰も、他人とは命は分かち合えない。

俺の命を、俺はもっとも大切にするが、他人はそうしてはくれてない。

新興宗教に入信する人の気持ちが少し分かった。

2年ほど前、 仕事が非常に忙しく、かつ色々とトラブルが発生して、精神的にまいったときがあった。
そして、人生について、色々と考え込むようになった。

そんなとき、たまたま寄った書店で、ある著者の本を目にした。
タイトルには、「人生は○○だ」とか、「君は○○だ」とかそんな文字がついていた。

思わず、その著者の本を2冊買ってしまった。
一冊税抜き1300円。
税込みで2730円の買い物だった。

帰宅してから、読んだ。
なんて言うか、でっかい文字で色々と当たり障りのない内容が書かれていた。
それでも、読んだときは、結構、奮い立った。
元気をありがとうみたいな感じだった。

そして、仕事の修羅場モードが終わって、精神状態が元に戻ったとき、改めて2冊の本を読んでみた。
チャらい。
薄っぺらな内容の本だった。
書いてあることは、当たり障りのないど~でもいいことばかり書いてあった。

調べてみると、この著者は2、3月に一冊は本を出している。
すごいときは1ヶ月で3冊も出していた。

それらの殆どは、自己啓発系だ。
読まずとも、内容は推して知るべしというところだ。

何でこんな本を買ってしまったのだろうと、後悔バリバリだった。
やはり、精神が弱っていたから、普段なら買わないような本を買ってしまったのだろうと思う。

で、思い出したのが、以前、何かで読んだ新興宗教の勧誘マニュアルの記事。
そのマニュアルの勧誘テクニックの一つに、病院を出てくる人を勧誘しろとあった。

理由は、
病院から出てくる人は、病気で不安になっていて、心が弱っている。
その弱っている心を突いて、勧誘しろ。
というものだった。

この記事を読んだときは、そんな訳ないだろうと思った。

しかし、実際に自分が、精神の弱った状態で他愛もない本を2冊も買ってしまったことで、やはり心が弱っている状態では人は正常な判断が出来ないものなのだと実感した。

老いたなと思う。




最近、この感覚がよく分かるようになった。
何かをしたい、やりたいという気力が湧いてこない。
時間があっても、何かをやりたいという気にならない。
見たい映画や読みたい漫画などもあるのだが、それらを見る、読むというアクションが起こせない。

日々を無為に過ごしている。
自分の行動にロックがかかってしまっているような感じだ。

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プロフィール

顔のない旅行者

Author:顔のない旅行者
51歳の独身会社員
しがない会社員
3500万円貯めて、セミリタイアを目指す男。
神奈川県在住

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