還付金の払込通知書が来た。

3月に出した確定申告の還付金の支払い通知書がきた。

いつ、払い込まれるのか?、本当に払い込まれるのか?
作成した書類の内容は正しかったのか?
ひょっとしたら、間違いがあって、払い込まれないのではないか?

様々な心配があったが、払込通知書がきて、安心した。

今回初めて、確定申告を書いた。

今までも、海外ETFを買っていたから、分配金の外国課税分の払い戻しとかで確定申告を出すべきだった。
しかし、手続きが面倒だと思っていたのと、払い過ぎていたので確定申告しなくても問題ないだろうと出さないでいた。

儲かっていたら、確定申告して、払わなければならないのだろうけど。

分配金じたい、さしたる額ではなかったので、その金額のために確定申告するのは面倒だと思っていた。

しかし、今回はEFAを売却してかなりの損失が出たので、確定申告しなけりゃマズいだろうと思い、確定申告に踏み切った。

確定申告は、難しかった。
慣れている人にとっては何でもないのだろうが、俺にとってはとてつもなく大変な作業だった。

税務署の休日相談に2回も行ってしまった。
最終的には、確定申告の書類作成に丸4日もかかってしまった。

確定申告の書類を作成していて、俺は、税金のことを何にも知らないのだとつくづく思った。
自分の支払う税金の額が何を基準に決められているか。
何の税金を払っているのか。
そして、その税金がどう使われているのか。

源泉徴収は、本当に国民から納税者意識を無くさせる仕組みだ。
おそらく、世の中の国民にとって都合の悪いことは、巧妙に隠蔽されているのだろう。

自分も投資を勉強するまでは、住宅ローンの理不尽さ、生命保険の仕組みなんか全然知らなかった。

自分の無知というか、知る努力をしない怠惰を自覚した。
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自殺の本質を知ったとき

自殺というか心中で、一番に思い出すのは、中学生のころ(だったと思う)読んだ「カムイ伝」のとあるシーンだ。

カムイと戦って、手や足を切られた日置藩の藩士は、日置藩の偉い人(多分、家老)から仕官を取り消される。
(カムイは、自分に向かってくる藩士に情けをかけて、殺すのではなく手足を切るだけにとどめていた。)
今風に言えば、リストラである。
この非常な仕打ちに、抗議する藩士達に、偉い人は「○○を見習え、あれこそ武士の鑑だ」と言い放つ。
○○(名前は忘れた)は、カムイと戦って死んだ武士の名前である。
要するに、生き恥晒しているお前達は、武士じゃないと言外に言っているのである。
表向きは、そういう理由だが、手足を切られて満足に働けなくなった藩士を厄介払いしたかったのがが本当の理由である。

藩から追い出された藩士達はそれぞれの家に帰る。
その夜、足を切られた藩士の一人は妻子を切り殺して、切腹してしまう。
別の藩に仕官できる望みはなく、自分の代で乞食になったので先祖に申し訳ないというのが心中の理由だった。
(殺した妻子を前に詫びとともに、そう言って切腹する)

妻の悲鳴を聞きつけて、仲間の藩士が駆けつける。
惨状を目の当たりに呆然となっている彼らの前に、別の藩士が後から駆けつける。
後から駆けつけた藩士が言う。
「おい、△△が、、、。」

手を切られた藩士が同じように妻子を殺して、切腹していた。
片手なので切腹が中途半端になってしまい死に切れずに苦しんでいる△△。
「早く介錯を」と駆けつけた藩士の一人が言う。
刀を持っていた藩士が介錯する。

「我等は独り者だからいいが、彼らは、、、」
仲間の亡骸を前に嘆く藩士達。

もう、30年以上も前の事なのに、なぜこれを覚えているか、よく分からない。
多分、中学生という多感な時期に、この漫画から自殺の本質を嗅ぎとったからだと思う。

何らかの理由で組織から見捨てられると、絶望して、家族を巻き添えにして死ぬ。

物語の舞台は、江戸時代なのに、自殺に至る過程は現代と全く変わらない。

献血は貧乏人がするものなのかもしれない。

献血にいくと必ず問い質された。
「○○に行きましたか」
○○はイギリスだったり、オランダだったりする。
要は、危ない病気が流行っていた時期にそこにいなかったかという問いだ。

海外旅行どころかパスポートすら持っていない俺には、全く意味のない問いだ。
献血に際して、危ない病気を持っているかもしれないという不安だけはない。
他にも、エイズの心配もない。

まぁ、だからこそ、再三、献血予約の葉書が送られてくるのだろう。

最近、献血は貧乏人がするものなのかもしれないと考えるようになった。

献血に適した人間の条件。
海外に行った事がない。→海外旅行に行く金が無い。もしくは行く暇が無い。
性交渉がない。→非モテ
基本的に休日にすることがない。人と出かけるとかもない。

要するに献血に向く人間というのは、国内にずっといて、暇こいている人間なのだ。

本当にリア充な奴は、休日はやる事が一杯あって、献血に行く暇なんてないだろう。

なんか書いていて嫌になってきたが、これが真実なのだろう。

金を貯める事に意味がないような気がしてきた。

最近、金を貯める事に意味がないような気がしてきた。
投資に対する熱も下がってきた。

今、8桁の金額を投資に回している。
3000万円貯めれば、セミリタイアできると思っていたが、やはり3000万円では無理かもしれないと思い始めた。
じゃあ、いくあればセミリタイアできるか?

5000万円くらいかもしれない。

あと、どれくらい働いて金を投資に回せば5000万円貯められるのか。
6年~7年か?

それまで、会社が存続しているか?
リストラされずに働けるか。

そもそも、年金とか日本の経済状況とかによっては、いくら金を持っていても意味がなくなるかもしれない。
3000万円あれば大丈夫だとか思っていても、税制矢年金制度が変更されれば、状況はあっと言う間に変わってしまう。

いくら金を貯めても、不安は消えない。
この不安から逃れるには収入を確保するしかない。
つまり、働くという事。
結局、ずっと働く事でしか安心を得られない。
働いている間は、毎月給料が入るから、大して貯金がなくても関係ない。

金があっても、ちっとも楽しくないし、安心もできない。
セミリタイアできる金額を貯められなければ、金はあっても大して意味がない。
働かなくてはならないからだ。

使えない金に意味はあるのか。

学献について

仕事を辞めたい 搾取される若者

学献というのを初めて知った。

これに関しては、著者と全く同じ意見だ。

虫が良すぎる。

血を必要としている50・60代のために、10代・20代の若者に献血してほしい。
もっと端的に要約すれば、「年寄りのために、てめぇらの血を寄越せ。見返りはなしだ」
こんなことを言われて、ホイホイ献血する10代・20代はいないだろう。
日本赤十字社は、よくこんな恥ずかしいことを臆面もなく言えるものだ。

大体、献血可能な年齢は、
全血献血(200mL献血) 16~69歳
全血献血(400mL献血) 男性:17~69歳、女性:18~69歳
成分献血(血漿献血) 18~69歳
成分献血(血小板献血) 男性:18~69歳、女性:18~54歳
65歳から69歳の献血は、献血者の健康を考え、60歳から64歳の間に献血経験がある人に限られる。

となっている。

別に10代・20代でなければ、献血できないなんてことはないのだ。
なんで、30代・40代・50代・60代に献血を呼びかけないんだ?

少子高齢化で数が少ない10代・20代より、数が多い30代・40代・50代・60代に献血をさせる方がよほど理に適っている。

特に、今の50代・60代の日本人男性は、日頃から10代・20代を不甲斐ないと叩いているのだから、こういうときこそ、自ら率先して同世代のために献血してほしいものだ。

ゾロ目

献血カード

献血回数、ゾロ目達成。
ひとまず、献血は中断。

世界を変えるのは容易いと感じた出来事

今まで、俺が現実に目にしたことのある最高金額は300万円だ。
100万円の札束が3つ。

30歳くらいのとき、思い立って銀行に預けていた貯金300万円を郵便貯金に代えようと思った。
郵便貯金のほうが、どこでも下ろせるからこちらのほうが便利だと思ったのだ。
そして、自分の全財産を貯金通帳の数字ではなく、この目で見てみたいと思ったのだ。

100万円の札束が3つ出してくれた銀行の女性行員が思いっきり不審そうな目で、俺を見ていた事をよく覚えている。

鞄に札束をいれて銀行を出た瞬間、世界が変わった。
正確にいえば、俺の世界を見る意識が変わった。
街を歩く誰も彼もが、俺の鞄を狙っているように見えた。
俺の鞄の中に300万円入っている事を知っているのは、銀行の行内にいる、俺に金を払い出した銀行員だけだ。
それは、頭ではわかっている。
でも、どうにもならない。
道行く人々が全て、盗人に見えた。

俺は、鞄の把手をしっかり握り、500メートルほど先の郵便局へ足早に歩いた。
郵便局のATMで、300万円を入金し終わったときに、俺は心底ほっとした。
と同時に、世界が元に戻った。

このとき、思ったのは、世界なんてのは自分の認識一つで変わるもんなのだというだった。
もっとも、この年齢になるまで、よい方向に認識を変えた事がなかったので、大してよい経験になっていないのが残念だ。

悔やんでも悔やみ切れない。

ヤフオクで狙っていた商品を落札し損ねた。

その商品自体は、最初、開始価格が1万円くらいだった。
誰も入札をかけなくて、終了した。
再出品されたとき、開始価格が8千円くらいになっていた。
またもや、誰も入札をかけなくて、終了した。
3度目に再出品されたとき、開始価格が6千円くらいになっていた。

まだ安くなるだろう。どうせ、誰も入札しないだろうと高を括っていた。

しかし、現実はには落札された。
悔しい。
落札する機会はあった。
その機会を逃したことが悔しい。

オークションが終わる日時も知っていた。
注意することはできたはずだった。

もう販売終了した商品なので、再びオークションに出品されることはないだろう。
二度と手に入らない。
自分の間抜けさ加減に腹が立つ。

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運を耕す人と、運を耕せない人 - シロクマの屑籠

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自分が好きになるために、何が必要か (2012年1月中間報告) - シロクマの屑籠

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52歳の独身会社員
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3500万円貯めて、セミリタイアを目指す男。
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